法律解釈3: 凍結された残高の行方

 
相談事例から“法律解釈と実務”

法律解釈3: 凍結された残高の行方

 相 談 概 要

  ネットオークションで「K」の出品する車(日産 ムラーノ)を落札し、その落札代金260万円を指定銀行(C銀行・「T」名義)へ振り込んだ。
しかし車は届かず、出品者の「K」は別人、口座名義人の「T」も関係のない別人と判明。「K」と名乗った若い男とは連絡が付かなくなった。

警察へ被害届を出し、振り込んだ銀行口座は現在凍結してもらっている状態。警察からは、「犯人の手がかりはその後無し」と聞いている。
 銀行は、「その口座に複数の振り込みがされており、ほとんどが引き出されていて残っているのは200万円くらい」との回答があった。わたしは、その銀行に振り込み金額の払い戻し請求を提出した。ただし、その口座へは複数の人からの振り込みがされているが、今のところ払い戻し請求をしているのはわたしだけのようである。

 そこで、その凍結された口座に残っている200万円くらいの残高を、何とか回収したいと思う。銀行側でも、その口座名義人に連絡を取ってわたしの払い戻し請求に応じるよう求めているのだが、その名義人が未だに来店しないとのこと。その口座名義人と、わたしが取引したのは、いずれも「T」で同姓同名だが、住所・電話番号が違い同一人物かどうかは今のところ分からない。
銀行側も警察からの連絡で詐欺事件と認識していて、その口座に残っている残高は返してあげたい、と思っているみたいだが口座名義人が来店して承諾しない限り進まない。

 そこで、先日銀行側から提案があり、その口座に対し今のところ払い戻し請求をしているのはわたし一人ということなので、「裁判所に訴訟を起こし残高を差し押さえする手がある」と言われた。「今後、他の振り込み者も同じ訴訟を起こすと早い者勝ち(?)となるので、やるなら急がれた方がいい」との提案だった。

わたしとしては費用がかからない方法で何とか残高を回収したく思うが、今後、待っていても回収できないとか、他の振り込み者に先を越され持って行かれる、あるいは複数の振り込み者と残高を按分される、ということになるのだろうか。

 法 律 解 釈

1.差し押さえについて
まず、銀行口座の差押(銀行に対する預金債権に対する差押)という強制執行手続を行うためには、「債務名義」という強制執行を許可する文書が必要となる。
 典型的には裁判による確定した判決となり、そのほか、裁判よりも簡易な手続で取得可能な仮執行宣言付き支払督促などもある(但し、支払督促は相手方から異議がなされると、訴訟手続に移行される)。
 本件でも、判決を取得し、その判決が確定するか、または確定していなくても判決に仮執行宣言(確定していなくても仮に執行を許す旨の宣言)が付されていれば、強制執行をすることが出来る。

2.訴訟について
 次に、本件の場合、誰を相手にどのような訴訟をすべきか。端的には、「K」と「T」と名乗った人物(相談者と対応した「T」を以後「Ta」と表現)に対して共同不法行為による損害賠償請求をすることになるだろう。しかし、両当事者の特定の点で困難な問題が残ると思われ、また、後述の通り執行の点で難点が残る。
 そこで、振込んだ銀行口座の口座名義人である「T」氏(「Tb」と表現)については、住所や電話番号も把握しているようなので、この「Tb」を被告として訴えを提起することが考えられる。
もし、この口座名義人自身も「K」と共同で不法行為をしていたのであれば、「K」との共同不法行為者(民法719条)として損害賠償請求をすればよい。また、「Tb」は、理由もなく260万円を利得しているといえるから、「Tb」を被告として、260万円の不当利得返還請求(民法703条、704条)と構成することも考えられる。

 訴訟の場合に判決までかかる時間は、訴えを提起したから約1ヶ月後に第1回の弁論期日が入る。このような詐欺事案の場合、相手方は欠席する場合も多いと思うので、何らの反応がなく第1回欠席となれば、第1回から2週間程度で判決が出ることになる。
 もし、相手方が出席し、請求を争う場合には、判決までも最低でも半年はかかることになるだろう。なお、相手方が自らの責任を認めた上で出席するような場合、裁判上の和解の方法により解決できる場合もある。

3.仮差押え手続について
 なお、早急に口座を押さえておくためには、仮差押えという手続も検討する必要があると思う。判決には時間がかかるため、判決が出る前に財産が処分されないように、仮に差押えをしておき、判決が確定してから本当の執行をするという制度である。

4.強制執行手続について
 判決等を取った後は、差押えという強制執行の手続をとることになる。強制執行手続きには裁判所の強制執行の係に申立をすることになり、申立には、判決書の外、判決が相手方に送達されたことの証明、執行文という当該債務名義が現在も執行できることの証明等が必要になる。
 預金債権に対する差押えの場合、申立から1日程度で差押命令が発せられ、銀行や相手方に差押命令が送達されることになる。送達から1週間を経過すると、申し立てた者が銀行に対して直接の取立が可能となり、銀行から差し押さえた預金債権の支払を受けることになる。

 ただ、本件のケースで、もし、「K」や「Ta」を被告とする判決を取った場合、「Tb」名義の口座を差し押さえられるのかという手続上の問題が残る。判決に表示された被告の財産でないと差押えすることはできないからである。
 東京地裁では他人名義の口座であっても、それが被告の責任財産に属することの立証がなされれば差押えを認めるという扱いのようである。逆に言うと、被告の責任財産であるという立証ができない場合には差押えが出来ないと言うことになる。
 立証の方法としては、詐欺事案であること、欺罔者である「K」や「Ta」の指示によって「Tb」名義の口座へ振り込んだこと等を書いた報告書の提出、ATMの利用明細、判決の理由中(「請求の原因」の記載)に「Tb」名義の口座が「K」や「Ta」の責任財産であることが明らかとなる記載されていること等の事情を総合して判断するようである。

5.差押えの競合
 差押えが二重、三重になされた場合、差押えを先にした債権者の債権が優先するということにはならない。それぞれの債権は平等に扱われ、差押債権がすべての債権を満足するものでないときは、債権額によって按分されることになる。
 ただ、二重に差押える時期は限られており、差押えする債権が存在しなければならないため、銀行が最初の差押債権者に対して弁済してしまえば、もはや差押えはできない。
また、差し押さえられた債権に対して、他に債務名義を有する債権者や先取特権という権利を持っている人が、自分も配当を受けたいという要求(配当要求)を執行裁判所へ行った場合には、やはり、配当要求した者へも分配がされることになる。

 以上が手続の概要だが、本件の訴訟と強制執行手続は本人では大変な部分があると思うので、専門家へ相談ないし委任するなどして迅速に進めるほうが良いと思う。 

 解 説

 インターネット取引に限らず「振り込め詐欺」のケースでも、詐欺の相談が相談機関に入ったときに、よく「お金を振り込んだ口座のある金融機関に相談して、口座を凍結してもらってください」と助言するケースが多い。ただ、1度口座凍結を行うと、そこから改めて被害を救済するのは、結構容易ではなかったりする。

 以前は金融機関が口座凍結を行うには、かなり面倒くさい手続きと時間が必要であったようだが、今はそれこそ「振り込め詐欺」や「架空請求・不当請求」が社会問題となったため、特に警察の協力があれば、金融機関も速やかに口座凍結措置を行うような流れになっているようである。(警察が連絡して概ね15分ぐらい)
ただ、それとは別に、このような一旦凍結された口座残高から被害に遭った代金を戻すことは、従来どおり訴訟による方法しかなく、これは今の社会の中では、決して現実的な解決方法とはいえないのではないかとも思う。

 NIKKEI NETの記事によると、金融庁の調べで、振り込め詐欺などに不正利用された疑いがあるとして全国の銀行164行が凍結した預金口座の預金残高が、総額で59億4100万円にのぼるとのことである。また、自民党のワーキングチームが、詐欺に利用された場合、口座名義人に承諾を得なくても払い戻しできるよう、議員立法による法整備を目指すとの記事もある。

 ただ、詐欺を働くほうも、振込みが確認できれば即座に引き下ろし、若しくは別の口座に移動させ、常に口座にはほとんど残高が無いようにしていると聞く。
 インターネット取引は、取引相手の顔が見えないことや、また匿名性も高いため、詐欺の被害がどうしても発生しがちであるが、仮に被害に遭っても、その救済がされやすい仕組みが、今後出来てくることを期待している。