法律解釈8: 時効に関する一般論

 
相談事例から“法律解釈と実務”

法律解釈8: 時効に関する一般論

 相 談 概 要

 昨年5月にネットショップより「クロムハーツ SBTリング」を31,000円で注文、代金先払いということで、指定口座に振り込んだ。ところが、いつまでたっても商品が来ず、何回か問い合わせをした。最初の数回は、その都度返信が来ていたのだが、1月30日に問い合わせ、同1月31日に来た下記のメールを最後に、その後何度も問い合わせをしても回答が来なくなった。

『ご来店有難う御座いました。 長い間お待たせをして大変申し訳御座いません。仕入先の方へ再度入荷状況について確認の連絡を致しました所、2月中には確実にお届け出来る予定となっておりますので、到着までいましばらくお待ち頂ければと思っております。ご迷惑をお掛けしており大変申し訳御座いませんが、ご理解頂けますよう宜しくお願い致します。今後とも宜しくお願いします』

今、入金してから1年が経とうとしているので返金依頼もしたのだが、全く音沙汰がない。こちらが催促をしていれば、入金してから1年たっても時効にならないような記憶があったのだが、実際どうなのだろうか。

 法 律 解 釈

本件は、履行遅滞に基づく解除を行うべきケースと思うが、質問の消滅時効に関してのみお答えする。

1.
民法上、消滅時効の期間は10年だが、本件では相手が事業者であることから、売買契約に基づく商品の引渡し請求権も、商事債権として、原則として5年で消滅時効にかかる。

2.
時効については、法律上定められた一定の事由があると、時効進行の効果がくつがえされ、(時効の中断という)それまでの時効経過期間が最初から無かったことになる。具体的中断事由として、①裁判上の請求(訴訟提起) ②差押え、仮差押え、仮処分 ③債務承認の3つがある。

3.
質問の「催促していれば、消滅時効にかからないか」という点については、訴訟提起ではなく、裁判外で請求しているだけにすぎない段階では債権者の一方的な主張であって、権利関係が公に確定されるものではないので、請求後、6ヶ月以内に訴訟を起こす等の強力な中断事由に訴えて初めて請求時点に遡って、時効中断の効力が生じるとされている。その意味で時効中断の効力は暫定的に生じるに過ぎない。

4.
売り手側が返信をして、「もう少し待ってくれ」と言っている間は、「債務承認」に該当して時効が中断されるが、本件では最後に返信メールがきた時点(1月31日)からは時効期間が経過していくといえる。

5.
本件では、1月31日に相手からきたのが最後のメールということになるので、このまま相手から連絡が来ないままだと、5年後の1月30日には消滅時効となってしまう。但し、その前に、裁判外の請求を行えば、消滅時効期間に6ヶ月の猶予はできるので、例えば、5年後の1月20日に請求(催告をしたことの証明が問題になるので消滅時効期間経過直前の請求は内容証明郵便によるのが普通)し、それから6ヶ月内に訴訟を起こせば、請求到達日に遡って消滅時効が中断されることになる。

6.
一般論として、消滅時効一般論は次のとおり。
(1)時効期間
 個人間の売買 10年
 取引の一方又は双方が事業者である場合 原則5年。但し事業者からの売買代金請求権は2年。

(2)中断事由
1.裁判上の請求(訴訟提起)
2.差押え、仮差押え、仮処分
3.債務承認(支払猶予の懇願、利息支払い、一部弁済等)
裁判外の請求については、請求後(意思表示が相手方に到達した時点を請求時とする、不達であれば効果はない)6ヶ月以内に訴訟提起等(上記①②)を行えば、裁判外での請求時に遡って消滅時効が中断する。

(3)中断の効果
 それまで経過した時効期間が遡って「無かったもの」とされる。
 但し、中断後、その時点を起算点として、新たに時効期間が起算されていくことになる。

(4)援用
 時効については、時効期間経過で当然に権利がなくなってしまうものではない。時効を主張したい当事者の方が、「時効だから渡さない」とか「時効だから支払わない」というように時効によって義務を免れる者が、時効の効果を援用する旨の意思表示をして初めて効果が生じる。

(5)時効利益の放棄
 1.時効期間経過前に予め時効を主張しないと約束していても無効になる。
 2.時効期間経過後に、時効によって義務を免れる者が、相手方に対し、時効の利益は援用しないと主張すると、時効の利益を放棄したものとして消滅時効は主張できなくなる。

(6)時効援用権の喪失
 (5)と違って、消滅時効期間の経過(時効完成)を知らないで、例えば引渡しや支払の意思表示を行った場合も、以後、消滅時効の主張はできなくなる。
つまり、消滅時効期間が経過した場合も、相手方から「時効だから支払わない」「時効だから引き渡さない」等の反論がなされない限り、当然に請求できなくなってしまうものではない。相手方が支払義務や引渡し義務を認めれば、消滅時効の主張はされなくなるのでとりあえず、請求をしてみるべきことになる。

 解 説

 このような相談はインターネット取引には良くあるトラブルで、要約すると『商品引渡し時期を過ぎても商品が引き渡されず、連絡すると「入荷が遅れているから待て」と言われて、そのままズルズル時間だけが過ぎていく、そのうち事業者とも連絡がつかなくなる』といった内容である。
自転車操業との違いは、商品そのものが市場に品薄状態で(そのことは相談者も充分知っている)、入荷時点で事業者も予想していなかった遅れが生じていること、注文者も返金ではなく商品の引渡しを望み、結果、事業者の言いなりになって商品の発送をいつまでも待ってしまう、という点である。

 この件では、時効についての解釈を求めたものであるが、実は相談を受けていて、時効が絡む相談も多い。以前取引した商品代金が何年も経過した後に請求された、というケースが多く、大体は当時ショップが売り上げを上げる際にミスしたことによるものだが、そもそも自らのミスを棚に上げて、何年も経ってから注文者に請求をしてくるショップの神経のほうも疑われる。

注文者のほうも特にクレジットカード決済を行っていると、毎月届くクレジットカード会社からの明細書に、注文した覚えのない請求があれば気が付きやすいが、逆に注文後請求がないものについては、クレジットカードによる請求は、ほぼ取引後1ヵ月前後経ってから行われるため、日常的によくクレジットカードを利用する人であれば、あまり気が付かないケースもあると思われる。ショップがクレジットカード会社に売り上げを上げるのを忘れていたものについて、何年も経ってから改めてクレジットカード会社に売り上げを上げても当然通らないと思われるため、当時クレジットカード決済で行われたものでも、ショップから直接注文者に請求せざるを得なくなる。

 そのほかでも、何年も前の請求をいきなり開始しはじめる事業者や、話し合いで請求を放棄しているにもかかわらず、ずいぶん経ってから再度請求を行うケースなどもある。その理由もいろいろで、担当者レベルでの引継ぎがうまくいっていなかったケース、時効前に請求して時効の中断を目的としているケース、情報漏えいによる単なる不当請求だったりもあるが、時効の利益は自ら主張しないとならないということは案外知られていないような気がする。
いずれにしても、時効の問題は非常に難しいので、少なくとも相談現場では簡単に1度話を聞いただけで判断することは、とても危険だという認識を持っている。