法律解釈9: メールアドレスと個人情報

 
相談事例から“法律解釈と実務”

法律解釈9: メールアドレスと個人情報

 相 談 概 要

 先日、インターネット上から、K化粧品のプレゼントに応募した。その後、「トライアルプレゼントのお知らせ」という表題でメールがあり、プレゼントの選には漏れたのだが後日アンケートに答えるとサンプルが届く、というので、そのメールにあったテンプレートに、住所・名前・生年月日・電話番号・FAX番号・メールアドレスを書き込み、さらに予め書かれていたアンケートについて答え、「そのまま返信してください」とあったので送信のボタンを押した。

その結果、私の書いた内容が他の40人の方に送信されてしまった。そのために真夜中近くまで苦情の電話やメールを20件ほど受けた。
そのときに気が付いたのだが、どうやら当初の「トライアルプレゼントのお知らせ」メールで、K化粧品は100余名(※正確には103名)の方のメールアドレスを開示して同一メールを送っていたらしく、改めてアンケートのメールの宛先を見ると100余名分のアドレスが載っていた。

すぐにK化粧品には送られてしまった40名に対し、データ削除の依頼をして欲しい旨伝えたが、K化粧品の対応は遅く、丸一日かけてようやく100余名から40名を割り出し私の要求通りにデータの消去のお願いメールを配信してくれた。
K化粧品では、単純なミスにより、送付先のメールアドレスリストが添付された状態で送信され、この結果、本来公開されてはならない応募者のメールアドレスを、一つのブロック内の方々にお知らせすることになってしまったとのこと。

もし、K化粧品が私のデータのことをきちんと考えてくれていたなら、こちらからの苦情に対し、すぐに対象100余名の方に「こちらの手違いで個人データが送られてしまいました、データを消去願います」という内容のメールを送っていてくれれば、私はその日、苦情や問い合わせのメールや電話を受け取らなくても良かったのではないだろうか。

被害がどこまで広がってゆくのか心配で、おかげで寝不足になり会社も1日休んでしまった。K化粧品から電話が1本架かってきたが「あなたも送信者全員に送信のボタンを間違って押したのではないですか」とまるで自分たちは大して悪くは無いとでも言いたげな態度。後はこちらの出方を待っているようである。
しかし、私のメーラー(BitBasketForXXX)には、メール枠に「送信者全員に返信」などというボタンはない。

私は相手の弱みを逆手にとってゴネているとは思われたくはないが、会社を休んだりしたので、その分も損害賠償はしてもらいたい。また、知らない40名に自分のメールアドレスが知れてしまったというのは、ウイルスが送られてくる可能性があるということではないのだろうか。考えれば考えるほど小さな問題ではないように思うのだが、今後私はどうしたらよいのだろうか。

相談者のアンケート回答内容は、以下の通り。(原文ママ)

●K化粧品をご存じでしたか?
雑誌で化粧品の特集をしていると必ずと言って良いほどのっているのでいつか使ってみたいと思っていました。クロワッサンなどでよく見かけます。
●このプレゼントをどこでお知りになりましたか?
ネットをけんさくしていて。
●お肌のお悩みは?
(ローションのタイプを選ぶ時に必要になりますので、なるべく詳しくお書き下さい)
最近潤いが口周りに足りないのか、法令線が出るようになりました。
外回りをすると午後には鼻と額がてかてかで光っています。顔の体操を毎日していますが法令線はなかなか改善されなくなってきています。肌水分計で測ったらたぶん口元と目元は水分が少なくなっていると感じます。午後には目の下のくまがコンシーラーで隠してもかくしきれません。暇があればスパスパ人間学で放送していた昆布パックをしています。昆布パックを洗い流した直後は法令線は一時消えます。

 法 律 解 釈

 本件では、個人情報を含むメール2種、K化粧品のユーザー103名に送られた「K化粧品が相談者に送付した最初のメール」と、K化粧品のユーザー40名に配信されている「相談者がK化粧品に返信したメール」がある。
個人情報が本人の了解なく、不特定多数に開示されることはプライバシー侵害の不法行為となり、損害賠償請求ができる可能性がある。
以下に検討する。

1 本件では、どのような個人情報が開示されたのか

(1) K化粧品が相談者に送付した最初のメールについて
ここには「103名の顧客アドレス」が開示されている。
個人識別性のある tanaka@***(企業ドメイン).com のようなアドレスは個人情報保護法にいう個人情報に該当する。個人識別性のない abcde@***(プロバイダドメイン).ne.jp のようなアドレスは個人情報保護法にいう個人情報には該当しないと思われるが、プライバシーの一部として保護性が認められることもあり得る。

(2) 相談者がK化粧品に送付したアンケート回答メールについて
これには、「相談者の 氏名、住所、電話、お肌の悩み」が開示されている。これは明らかに個人情報であり、保護されるべきプライバシーに該当する。

2 本件で、なぜ、個人情報が、本人の許諾なく開示されたのか

(1) K化粧品が相談者に送付した最初のメールについて
K化粧品が送信先のメールアドレスに「BCC」機能を使わず、あて先に指定したことが原因である。K化粧品は、103名の顧客アドレスを、本人の了解なく103人に相互に開示した。この点で、K化粧品が「メールアドレス」について、プライバシーの侵害行為をした、と言える可能性がある。
ただし、開示された個人情報が「メールアドレス」だけであること、また、開示の範囲が「103名」と限定されていることから、損害額の算定については極めて低い、ゼロに近い算定となる可能性がある。

(2) 相談者がK化粧品に回答したアンケートについて
これは、相談者、K化粧品のどちらに原因があるのか不明。相談者によれば、メーラーに「全員へ返信」の機能がない、とのことだが、相談者が操作を誤った可能性もないとは言えない。
K化粧品は「顧客のメールアドレスを開示してしまった」ことについてお詫びを発表しているが、「アンケート結果を開示してしまった」ことについてのお詫び発表はしていない。そうしてみると、アンケート回答が40名に送信されたのは相談者だけのようにも思われる。アンケートに回答したのは相談者だけではないだろうから、やはり、相談者の操作ミスが原因の可能性がある。
もっともK化粧品が「BCC」機能を使い、他の顧客のアドレスは表に出ない配慮をしておけば、アンケート結果が40名へ送信されることも防げただろう。従って、仮に相談者に操作ミスがあったとしても、K化粧品との過失相殺の問題であり、「全面的に相談者の誤操作のせいであって、K化粧品の過失ゼロ」という結論にはならないと思われる。

3 どのような損害が生じたと言え、相談者は何を請求できるか

(1) K化粧品が相談者に送付した最初のメールについて
相談者に全く非はなく、K化粧品の過失である。ただし、損害額は極めて低く算定されると思われる。

(2) 相談者がK化粧品に回答したアンケートについて
(1)に比較して、相談者の受けたダメージは大きいと思われる。しかし、開示の範囲が「40名」と限定されていることから、損害額の認定は必ずしも高くないと思われる。

K化粧品では、『ご住所、電話番号等個人情報を削除してくださるよう 皆様へご連絡させていただきました』という被害回復措置もとられている。(もっとも、被害回復措置の後で、なお相談者への問い合わせ、嫌がらせなど被害があるかどうかは不明である)
会社を休んだこと、等を考慮することができたとしても、相談者がK化粧品に請求できる額は、かならずしも高額ではないかもしれない。

また、2(2)記載のとおり、アンケート結果が40名に配信されたことについて、相談者に過失があるかどうか不明である。万一相談者に過失があった場合は、過失相殺されることになる。
以上から、損害賠償を求めた場合にも、費用倒れになる危険があると言わざるを得ない。

4 損害賠償として幾ら請求できるか、という問題を離れて、本件のK化粧品の一連の行動が、社会的にみて是認できるか。

顧客のメールアドレスを開示してしまったことについては弁解の余地がなく、企業として誉められた行為ではない、と言われても仕方ないだろう。

 解 説

 このケースのように、事業者が同じ内容のメールを、多数の顧客に一斉に送る際、「BCC」とすべきところを、誤って「CC」や「あて先」に入れてしまったために、そのメールアドレスが受け取った人が相互に分かってしまう、というトラブルが発生するときがある。

 もちろん事業者の単純ミスであるが、特にあわてているときはミスをしやすい。実際にあったのは、サイト上で価格の表記ミスをした事業者が、そのお詫びメールを注文者に一斉に出そうとして、一部の注文者に間違って「CC」で配信してしまった事例である。当時、その表示価格にて商品引渡しを希望する注文者からの相談が多く寄せられたのだが、その後、その「CCメール」送付により、その事業者は、よりいっそう注文者たちの怒りを買ってしまったのである。最終的にその事業者は、該当者に1,000円分の商品券送付を行った。というのも、この時期、個人情報流出事件が多発し、その企業が該当者に500円から1,000円程度の商品券を送ってお詫びする、といった「流行」があったので、それに倣ったものである。

 K化粧品は、該当者にそのような対処はしなかったが、この相談者は、個人情報とともに、「お肌のお悩み」なんていう、明らかに他人には知られたくないプライバシー情報を、見ず知らずの他人に流してしまったのである。それ自体はかなりショックだったのではないかと思われる。しかしその原因ははっきり分からず、そもそも103名に対し、どうして40名で被害がとどまったのかも分からないが(最近はプロバイダ等の規制により、送信先が一定数を超えるとメールを送れない場合もある)、少なくともそれは相談者自身の送信ミスである可能性が高いように思われる。

 こちらで実物のメールを確認したのだが、メール内にはおびただしい数のメールアドレスが表示されており、そこにはプロバイダ発行の個人が特定されないメールアドレスもあれば、明らかに勤め先で使用していると思われる、氏名と会社ドメイン名入りのメールアドレスも見受けられた。そういったメールアドレスは、上記解釈で言う「個人情報」に該当するのだが、その人にしてみれば、会社のメールアドレスを私用で使っていることがバレることが、何よりいやなことだろう。

 ただ、このような送信ミスは、個人でも充分起こりえることで、複数の人にひとつのメールを送るときに、メールを受け取る人全てが顔見知りで、お互いにお互いのメールアドレスを知りえているのでなければ、送信先のメールアドレスをBCCに指定することは、今や基本的なメールマナーにもなっていると思われる。1度送信されたら、郵便と違い、もはや取り戻せないのである。