海外のチケット代行サービスより、インターネットのサイト(申し込みフォーム)からミュージカルのチケット(31,712円:チケット実費[立替金額22,000円]+手数料)を申し込んだ。入力内容確認画面は無く、最初の申し込みフォームの「送信」ボタンを押した直後、いきなり「フォームが送信されました」という画面が表示され、入力内容がサイト側に送信された。その後、ブラウザを閉じた。
ただ、サイト上、申し込みページに『手配開始』と書かれている時点が、具体的にいつなのか明記されていなかったということ、また、このフォームを『送信』することで、即ち金銭取引が始まる旨が明記されていなかったということにより、私は、この時点で、まだ支払い義務は発生していない(=契約成立前)と思っていた。申し込みにはメールアドレスも記入したが、その後、特にサイトからはレスポンスは何もなかった。
ただ、同日中に、友人がミュージカルの会場のホームページにて直接、チケットを入手することができたため、申し込みが重複してしまった。すぐにサイトに申し込みをキャンセルする必要が出てきた。しかし自宅に帰ってメールを確認すると、2通のメールが届いていた。1通目は「申し込み確認メール」で、申し込み内容が書かれており、2通目は「チケット確保通知メール」で、支払い金額と入金先金融機関が書かれていた。
私はすぐにキャンセル依頼メールを送信したが、「すでに立替精算している。キャンセルする場合でも、サイト記載のように100%の料金を支払う必要がある」という返信だった。確かにサイトにはその旨の記載はある。その後、何度か担当者とメールでやり取りをしたが、話は平行線である。
サイトの主張は、「申し込みフォームを送信した時点で手配は開始されている」とのことである。サイトは「申し込みフォームの内容をサーバ受信した時点で契約成立」と想定していたのに対し、私は「一度、お互いに申し込み内容の確認という手順を踏んでからこそ契約成立」と思っていた、という点が、今回のトラブルの原因だと思っている。
しかし、そもそも私がそういう間違いをしてしまったのは、サイト上、申し込みページの記述が曖昧なことが原因だと思う。私は「注文」ボタンや「同意する」ボタンの扱いについては、十分に理解しているつもりであるし、インターネットでの契約を(金額の大小に関わらず)年間何十回も行なっているので、だから私が正しい、とまでは言わないが、少なくとも慣れていないことによる操作ミスではない。注意深く申込みページの内容を読んだうえで、「送信」ボタンを押したのである。
ただ、サイトも一旦私がチケットを買い取った上で、その買い取ったチケットの再販売のお手伝いはしてくれるといっており、私も、決してサイトを悪徳業者と思っているわけではない。しかし、このように一方的に支払いを求められても納得できない。
1 事業者側の確認措置について
電子契約法3条(※1)の確認措置についてであるが、今回の契約について、そもそも相談者に錯誤があったのかが問題となる。
錯誤無効の主張の余地があれば、確認措置の有無を問題とすべきだが、今回、相談者自身はフォームの内容を認識した上でメール送信したこと自体は認めているようである。確認措置は、民法95条本文(※2)の適用を前提として同法95条但し書の適用について電子契約法3条の適用を論じるにあたって問題とされるものなので、錯誤無効の主張がそもそもできないとすると確認措置を論じることは意味がなくなる。
本件では、相談者のメールによると少なくとも相談者から契約の申込みないし承諾の意思表示がなされているといえる。これについて、相談者のメール送信が申込みか承諾かという点が問題となるが、通常のインターネット通販の場合には、消費者からのメール等による購入意思の伝達が申込みであり、それに対する事業者から購入申込みを確認し応じる旨の応答が承諾と解されるのが通常である。
本件のサイト上では、事業者は「申込み後直ちに手配開始をする」と記載されているが、「手配開始の旨を連絡する」とある。したがって、消費者からのメール送信が申込みであり、事業者からの手配開始の連絡が承諾といってよいと思われる。
そして、本件では、事業者から「申し込み確認メール」が到達し、「チケット確保通知メール」が届いていることから、契約は成立しているものと考えられる。
相談者は、「手配開始時期が明示されていない」ことと、「金銭取引が始まる旨が明記されていない」ことを、契約が不成立だと誤った理由であるとしているが、そもそも合理的意思解釈としてチケットサービスのページ上、チケットの申込み方法について記載があり、フォームの名称が「チケット申込みフォーム」などとなっており、チケット申込みにより手配を開始するとの記載が存在し、変更・キャンセル規定なども記載されており、相談者はページを十分みた上で送信したといっている。
これら事情からすると誤送信ではなく、フォーム送信の意思は確実にあったものとみられるから、申込みの意思があり錯誤はない、と認定をされてもやむをえないケースではないかと思われる。
錯誤といっても軽微なものから契約の根幹にかかわる重要な点の錯誤までいろいろあるが、民法が無効といっている錯誤は「要素の錯誤」である。これは以下を示す。
(1)その錯誤がなければ意思表示をしなかったといえるかどうかということ。
(2)錯誤がなければ意思表示をしないであろうことが、通常人の基準からいっても、もっともであるほどの重要な部分の錯誤であること。
本件の相談者は手配時期などの誤解などがあったとしても、自身が自己都合でキャンセルをしたいと思わなければ、支払い要請のメールに対してそのまま支払いをしたであろうことから、たとえ思い違いがあったとしてもそれがなければ契約をしなかったというほどまでの錯誤ではなかったと思われる。また手配時期などが重要であると思っていたわけでもないと思われますし、一般にもいつ手配されようと最終的に手配されればよいと考えるのが通常で、錯誤無効を主張できる「要素の錯誤」はないと思われる。
したがって、重過失の有無の問題(民法95条但書)ではなく、要素の錯誤にあたるかという点で、錯誤無効の主張がそもそも認められないと考える。
補説
相談のサイトには、メール送信フォームがあり、それには「送信」と「クリア」の二つのボタンがあるのみである。送信ボタンを押すと相談者の相談内容によれば、そのままメールによって記入フォーマットの内容が送信されると思われる。
電子契約法3条は、そもそもB2Cの取引において消費者が通常の注意を払ってもミスをしやすい特性を有することに鑑みて取引保護よりも消費者保護を優先したものである。そのため、事業者への確認措置の要求は、消費者の錯誤を防止するために事業者は消費者の意思の確認を求める措置を講じるべきであり、それをしなかった事業者がその危険は負担すべきとの価値判断に基づいている。
そうだとすれは、単に送信か書き直しができるボタンを設けただけで、送信内容を事前に表示するなどして確認する仕組みを提供せず、「送信」というボタンだけで内容の確認を促すような機会も与えないフォームで即座に申込みが送信できてしまうのでは、事業者の確認措置としては不十分なものと考えられる。
また確認措置の内容については、経済産業省のインターネット通販における「意に反して契約の申込みをさせようとする行為」にかかるガイドラインも一つの参考になる。
したがって、一般的にいえば、「契約するつもりではなく送信フォームを送信ってしまった」といわれれば、錯誤無効を主張できる余地はある。
※1(電子契約法)
・電子消費者契約に関する民法の特例・・(第3条)
民法第95条ただし書の規定は、消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について、その電子消費者契約の要素に錯誤があった場合であって、当該錯誤が次のいずれかに該当するときは、適用しない。ただし、当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が、当該申込み又はその承諾の意思表示に際して、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は、この限りでない。
1 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。
2 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。
※2(民法)
・錯誤無効・・(第95条)
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
最近は、さすがに注文フォームがあるサイトにて、確認画面が講じられていないサイトにほとんどお目にかかることはないが、あくまで電子契約法第3条は民法第95条の特例であり、民法第95条の要素の錯誤に該当しない場合には電子契約法第3条も該当しないという話である。当たり前と言えば当たり前なのだが、結構奥が深い。
まず、このサイトでは、チケットを申し込む際には専用の申し込みフォームを使用するようになっていたが、その申し込みフォームに確認画面が設けられておらず、送信ボタンを押すといきなり入力した情報がメールでサイトに送られ、サイトにメールが届いたら、直ちにチケット手配をするという流れであった。サイト上「キャンセルが出来ない」という記載こそ無いが、その後は100%の料金が発生することになっていた。
そこでネット取引の場合、一般的に事業者側において、注文に対する内容を消費者が改めて確認できるような確認画面が講じられていない場合は、消費者の錯誤無効の主張に対し、事業者は対抗することが出来ないというように考えられているが、このケースでは、例えサイトに確認画面はなくても、もともと相談者に申し込みの意思はあり、また申し込んだ内容にも間違いはなかったと考えられるので、そもそも相談者は錯誤による契約の無効は主張することが出来ない、と考えられる。
相談者は「注意深く送信ボタンを押した、操作ミスではない」といっているが、逆に、ただ単に「申し込むつもりはなかった」と主張したら違う結果だったのかもしれないのが残念(?)ではあるが・・。
さて、この相談内容には、もうひとつ、チケットのキャンセルは可能とはいえ、キャンセルしても料金の100%がかかるという問題がある。それについては、後編にて説明する。同時に後編では、この相談者が最終的にどう解決したかについても報告する。