法律解釈21: 仕方なき?「システム障害」

 
相談事例から“法律解釈と実務”

法律解釈21: 仕方なき?「システム障害」

 相 談 概 要

 先行販売でコンサートチケットをインターネット上から申し込んだ。抽選に当たればチケットを購入する、という前提のもと申込むものだが『抽選結果は当選メール、または申し込み状況照会のページにて、24日PM10:00頃より確認できます』ということだった。
当日、深夜申し込み状況照会のページを確認したら、「○」(当選)が表示されていた。ところが翌朝25日になって『システム障害により、24日PM10時頃より、翌25日AM2時頃の間、ご自身にて「先行販売お申し込み状況照会」のページをご覧になった一部のお客様に対しまして、誤った情報が表示されました。正しい抽選結果につきましては、あらためて復旧後にお知らせさせていただきます。(一部略)』なるメールが届いた。その後落選メールが届き、さらに「先行販売お申し込み状況照会」のページの表示も「×」に変更されていた。

私は事業者の言い分に疑問を感じ、何度かメールで交渉した。交渉内容の概略は『システム障害というのは本当なのか、人為的なミスではないのか。また、経産省の電子商取引等に関する準則によれば、契約の成立時期は、ウェブ画面の場合、申込者のモニター画面上に事業者の承諾通知が表示された時点であり、またこれは承諾通知が画面上に表示されていれば足り、申込者がそれを現認したか否かは承諾通知の到達の有無には影響しない、と明記されています。よって契約は成立しているので、「当選と同時にチケットは確保され、自動的にチケットは郵送されます」という表示通り、チケットを送付してほしい』といった内容である。
それに対して事業者からの回答は『抽選結果発表前の画面を表示してしまった点につきましては、申し訳なく心より深謝いたします。抽選は、厳正かつ公正に実施いたしました。抽選の結果を改ざんしたということは決してございません。また代金決済は一切おこなっておりません。弊社とお客様とのチケットの売買につきましては当選と同時の決済をもちまして成立となりますことをご理解頂きたく存じます。弊社といたしましては、ご迷惑をお掛けしたお客様へ個別にお詫びとご説明を配信致しましたことを持ちまして、謝意と替えさせて頂いております。システムの不具合につきましては障害の発生を検知した後、全力を上げて修復に注力いたしました』であった。

さらに電話での交渉時、担当者も契約の成立について大筋認め、さらに実はシステム障害ではなく単なる「ケアレスミス」であったことを明言した(この通話は証拠のため録音しており、もちろんメール等もすべて保存してある)。
私は『契約が成立していると認めるならば、チケットを送ってこないのは契約不履行ではないのか。法を犯しているのに、これまでの説明をもちまして、当件に関しての弊社回答というのは納得できない。そのうえ、ケアレスミスをシステム障害と偽り、企業ぐるみでミスを覆い隠そうとするのは許せない』と主張すると、『多分再抽選があると思いますので、それにもう一度申し込んでいただき、抽選結果をお待ちいただく、ということで納得していただけないでしょうか』と、あたかも抽選に手心を加えることを示唆するような提案をしてきた。これはまさに、厳正かつ公正に行ったという抽選そのものにも疑惑があるということを認めたようなものである。

またシステム障害に関しても、たとえば日本証券業協会では厳密なガイドラインを決め、記録の保存、人員配置、想定訓練等々を規定しているのに対し、今回ページ上に「○」が表示されていたのは4時間にも及び、訂正のメールがきたのは「○」の表示から9時間半も経過してからである。これでは管理体制があまりにお粗末としかいいようが無い。
会社の損失を回避するために、システム障害(実はケアレスミス)という大義名分で、しかもシステム障害ということにしておけば、そうそう文句もいってこないだろうという態度。
もし今回のことを見過ごせば、事業者側は「システム障害」という魔法の杖を得たこととなり、事業者側にとって不利な契約は、なんでもこの「システム障害」のひとことで解除できてしまうという、著しく消費者側の権利を脅かしかねない事態を招くと思う。消費者側は「いかなる理由でも申し込みの変更・キャンセルはできません」なのに、事業者側は「はい、システム障害です」ですむのだろうか。また、正式な謝罪文を求めたい。

 法 律 解 釈

1.売買契約の成立
今回のケースでは相談者が主張しているとおり、法的には売買契約が成立しているものと考えられそうである。したがって、「一時的に間違った表示をしたことの販売店の責任」として、事業者は売買契約の売主の義務を負担する可能性があるものと考えられる。
具体的には、
(1)チケットの提供義務(ただし、コンサートが終了しているので既に履行不能。)
(2)チケットの提供ができない場合の債務不履行に基づく損害賠償義務(民法415条)
※「システムエラーに対する販売店の責任」は基本的に売買契約の成立を前提とした事業者の過失の認定、または錯誤の成否の問題に吸収されると考える。

(理由)
一般的に抽選結果に基づいて物が売買される場合には、抽選結果発表後、新たに売買契約を締結している(たとえば、公団の抽選等)。この場合、抽選対象物に関する売買契約は、当選者の申込時、売主の承諾時に成立することとなる。
しかしそれに対し、本件では自動決済が予定されており、抽選への申込時点で契約の申し込みがあり、当選時に契約が成立すると考えるべきである。

この点は、事業者の会員登録ページの利用規約上にも「購入お申し込み手続き完了をもって、原則として購入契約の成立とし、お申し込みの際にご記入頂いた内容、又はご登録頂いた内容に基づき決済をさせていただきます」とあり、約款を根拠にしても売買契約の成立を主張することは可能と思われる。

2.事業者の抗弁
上記にように売買契約の成立を考えうるとしても、事業者が錯誤無効(民法95条)の主張をする余地がある。事業者の内心(内心的効果意思)と表示に不一致があるため、いわゆる「表示の錯誤」にあたり、承諾通知(当選結果発表)の無効を主張できる可能性がある。その場合、承諾通知が無効となるため、売買契約は成立していなかったこととなり、上記1.(1)(2)で記載した、事業者の売主としての義務を主張することは不可能となる。

3. その他
・日本証券業協会のガイドラインについて
相談者が主張しているガイドラインについては、本件のようなチケット販売には関係がない。
・法的手続きをとりうるか=訴訟により相談者が損害賠償請求等することが可能か。
(1)錯誤の主張
先の述べたように事業者側の錯誤の基づく主張が認められる可能性がある。
(2)損害賠償請求等
仮に(1)の点をクリアーできるとしても、訴訟において損害賠償を勝ち取るのは容易ではないものと思われる。本件では、相談者は何ら金銭的な損害をこうむっておらず、具体的な損害の立証が極めて困難なためである。
(3)謝罪文等
訴訟おいて謝罪文等が認められる可能性は、(2)以上に乏しいものと思われる。
謝罪文というものは、名誉回復措置であり、又は精神的苦痛に対する慰謝等であり(したがって不法行為等を前提とする)、債務不履行について認められるケースは極めて例外的なケースである。
本件では、事業者の不法行為責任を追及することも理論的には不可能ではないが、容易ではないものと思われる。
また、一般的に、法主体には思想良心の自由(法人の場合どう考えるかは議論があるが)、表現の自由があり、謝罪する側が謝罪を拒んでいる場合、名誉侵害、権利侵害等が明白な事件を除き、謝罪文を命ずる判決を勝ち取るのは容易ではない。また、事業者は登録会員等に対して謝罪メール等を出しており、(一応、謝罪はしている)、個人的な意見だが、それなりに誠意ある対応をしていることからも、かなり困難ではないだろうか。

 以上から、相談者が法的手段に出ることは、本人の負担を考えても、現実的ではない。

 解 説

 入手困難なチケットであればあるほど、画面上で「当選」と表示された時の喜びは大きいものだと思う。それを後から「システム障害のため本当は落選でした」で当選取り消しされたのであれば、早々簡単に納得できないだろうし、すみませんの一言で済まされてなるものか、と思うだろう。
さらに「システム障害」は単なる口実のようでもあり、この契約においての当選は、すなわちチケット購入の義務付けを意味するのであるから、当選させたのであれば、当然事業者側もチケットを引き渡す義務を負っているものだという主張も良く分かる。
 ただ、現実問題としてもチケットは無いわけだし、積極的な金銭被害も無いので、何とも如何しがたい、という感じである。

 相談者に金銭的な被害が発生していないような相談のケースでは、せめて相手方からの謝罪を求めたい(HP上にお詫び文を掲載しろ、等)と考えている相談者も多い。相手方からの謝罪は本人にとっては気持ち的にも重要なことなのかもしれないが、謝罪を強制することはできないし、こちらとしては何も対処のしようが無いのが現状である。債務不履行に対する謝罪文を求めるのは、非常に困難ということである。

 しかし「システム障害」という言葉の便利さ、もっともらしい響きのよさ、相談者の意見によって改めて実感した次第である。もちろん、機械に頼っている以上、本当に「システム障害」が発生することは多々あることだとは思うが、例えそれが人為的ミスであっても、何でもこの「システム障害」で片付けてしまわれていないだろうか。