スニーカーを販売しているショップサイトより、10年以上前のオリジナルエアジョーダンを9,190円で購入した。かなり中古品だったので、事前にショップにメールで、その靴が履けるか確かめたところ、履ける、との返答があったので買ったものである。
ところがそのスニーカーは、1日歩いただけで靴底が殆ど剥がれてしまい、履ける状態ではなくなってしまった。剥がれる前は分からなかったのだが、靴底の中の間の見えない部分が加水分解(靴底に使用されているウレタンが水分と結びついて化学分解してしまうこと)していたようである。そういえば、履く前に靴底を押してみたときに、中がスカスカだったような気がしたのだが、「エア」ジョーダンという名前の靴なので、その時は、こういう靴なのだと思って気にしていなかった。
一般的に中古の靴はネット通販では、加水分解していたら必ずといっていいほど表記してあるし、その店の他の商品には「加水分解」と記載してあったが、私の購入したものには書いていなかった。「ソールリペア有り」とは書いてあったのですが、それは靴底が修復もしくは交換してあるということで、逆に中古の場合だとそちらのほうが安心できるということと、「履ける」という返答をショップ側から予めもらっていたので大丈夫だと思っていたのである。
私はショップにメールを送り、返品をお願いしたのだが受け入れてもらえなかった。「古い商品に関しましては当方でも壊れるかどうか判断することができません。ご了承下さい」ということである。
ショップのサイト上には『古い商品は購入後、履いてすぐ加水分解・劣化等で破損する場合がございます。商品の破損などは当店でも予想はできません。破損した商品の返品はお受けできませんのでご了承下さい』と書いてあったのだが、素人の私でも靴底がスカスカになっているのが分かるものであったし、履く前から靴に白い粉のようなもの(化学分解した靴底)がついていたので店側が予想できなかったワケがないと思う。
このような場合、返金は無理なのだろうか。
非常に難しい問題だと思われる。
というのは、本件のようないわゆる「コレクターズアイテム」の対象となりうるような靴の場合、何が、その商品の持つ本来的な価値なのか、というところが分からない部分があるからである。
通常の靴であれば、「靴」である以上は、「履ける状態であること」は、商品が本来持つべき当然の性質ということになる。したがって、靴を履いた途端、壊れてしまった、という場合ならば、そのような通常持つべき性質を有していなかったとして、他の商品への交換なり、返金を求めることが十分可能となると考える。
ただ、本件の靴の場合は、このような商品としての価値が「履ける状態」にあることなのかどうなのか、というのは必ずしも明らかではない。履ける状態ではないが、とりあえず外見上完全である靴が市販されているということ自体、一般的に「履ける状態」そのものに価値が置かれているとは限らない、ということになるからである。
さらに、今回、靴は既に10年以上経過しているバージョンのものとなり、10年以上を経過した靴について、一体どの程度の品質を期待できるのかは難しい問題である。購入者としても、破損の可能性は十分予測してしかるべきだと言える可能性があるからである。
とはいえ、相談者としては、事前に「履ける状態であるかどうか」ということについての問い合わせをしているので、購入者としては、「履ける状態かどうか」が重要な点であった、ということは購入者・販売者共に了解していたと言える。
また、相談者の主張がどの程度具体的なものなのかは分からないが、本当に「粉をふいており、スカスカ」だったのだとすると、それは販売者としては、予め購入者に伝えるべき事柄であったと考える。
(但し、この点は、相談者としても、すぐに気がつく程度であれば、その時点で主張すべきで、安易に使用することにより、破損させるべきではなかった、との主張があり得るところである。店側からは、「履けなくても完全な外見を保っていれば購入希望者がいるかもしれないのに、破損してしまった以上、商品としての価値が著しく低下する」との言い分があり得るからである)
以上を前提に、もし、本件が訴訟になった場合の結論について考えると、
(1)
「履けない靴」であっても十分価値がある、ということを裁判所に対し、十分主張立証することは難しい、と思われること。
(2)
相談者が、購入の際、「履けるかどうか」を尋ねている以上、販売者側としてもその点については、十分注意すべきであり、単に、「古い商品について破損の可能性があり、破損の可能性は販売店としても分からない。破損した商品の返品はお受けできない」と記載してあったとしても、消費者契約法などの見地から全てが免責されるわけではないこと。
(3)
相談者の主張するとおり、粉をふいているなどの外見や、さわった感じなどで、加水分解の可能性が予測できたとすると、それは、やはり「業者」たる店側でチェックすべきものである、と考えられること。
以上の3点に鑑み、販売店側に不利な結論が出る可能性が高いのではないか、と考える。
これを法律的は、錯誤無効(履ける靴だったから買ったのに履けなかった)として構成するか、瑕疵担保責任(履けない以上、契約の目的を達成できないので契約を解除する)とするか、あるいは債務不履行(そもそも履けないような靴を交付しても、契約上の義務を履行したことにならない)と構成するかのいずれかについては、このような中古品の靴をどう評価するかに関わってくると思われる。
いずれの場合であっても、上記3点を考慮した価値判断を前提にすると思うが、個人的には、本件の場合は、わざわざ「履けるかどうか」を問い合わせているので、錯誤無効との主張がなじみやすいのではないか、と考える。
さて、こういったスニーカーのような靴の底や衣料に使用されているポリウレタン樹脂は、湿気等が原因で時間の経過とともに劣化していく。これは空気中の水分とが結合する加水分解によるもので、新品のまま保管しておくだけでも加水分解は進行していく。大体は3年程度で劣化してしまう寿命の短いものである。
そこで、多くの靴メーカーでは、こういった素材を使用した商品は長期保存には向かないことや、湿気を避け暗所に保管するよう注意書きがかかれている。それこそ、この「エアジョーダン」が当時流行したときに、この問題が始めて大きく取りざたされるようになったのである。これは数年前、ユニクロが販売して流行した「エアテック」衣料においても、クリーニング屋でトラブルが多発し問題となった。
これは、そのような素材を利用した、しかも10年以上前の中古の靴が、実際は着用に耐えうるものではなかった、という案件である。普通であれば履けない靴に価値は無い、と思うのだが、今回問題となった商品が一種のコレクターズ的なアイテムであったという点、外見上は「履ける靴」でもあったわけで、10年以上前の、しかもこのような素材の中古の靴であれば、そもそも新品同様マトモに履けると思っていたのかどうかも分からず、判断が難しかったケースである。
ただ、事前に「履くことはできますか」と聞いていることから、相談者は履くことを目的として購入していたということは良く分かる。その上で、外見上からも粉をふいているのが分かるような状態であれば、ショップはプロとして気がつくべきだったと思えるのである。そうでなければ最初から「ジャンク品」とでも書くべきか・・。