法律解釈31: 電子消費者契約法に該当する取引とは

 
相談事例から“法律解釈と実務”

法律解釈31: 電子消費者契約法に該当する取引とは

 相 談 概 要

 できるだけ安く条件にあった航空券を探すため、いくつかの旅行会社やチケット手配会社のサイトを検索し、必要であればメールを送信していた。
 今まで利用している会社では、メールや電話を1回やりとりしただけでは本契約とはならず、座席を確保できるかどうか返答してもらった後、こちらから連絡をして契約が成立していた。そのため今回の事業者においても、そのつもりでメールを送信し、すぐに、座席が確保できるとの返答メールをもらったのだが、他に安い航空券がみつかっていたので、すぐにキャンセルのメールを送信した。すると出発前30日以降なので20,000円のキャンセル料がかかるとの返事が届いた。メールを送信するだけで、契約が成立するとは思っていなかった。

 トップページにもメールを送信する際にも、ここからが本契約であると注意をうながす記述がなかったので、その旨を担当者に電話で連絡し、何とかなりませんか、と相談したのだが「あなたの誤解であっても、決まりですから支払ってください」の一点張りで、聞く耳をもってくれない。

 確かに、約款や取消料・変更料のページを開くと、私がメールを送り、事業者から座席が確保できるというメールが私のサーバについた時点で契約が成立し、30日以降は20,000円のキャンセル料がかかることは明記してある。しかし航空券を検索し、メールを送信する際には何の注意も促されないし、予約という定義についても何も記述がなかった。

 法 律 解 釈

 キャンセル料という損害賠償義務の負担義務はない。

 キャンセル料の支払い義務があるかないかは航空券の売買契約が有効に成立したかどうかにかかってくると思われる。売買契約が有効に成立すれば、買い主には売買の対象となっている物(本件では航空券。以下目的物という)を買う権利が発生すると同時に、代金を支払う義務が生じる。

 売買契約成立後に、契約を締結した者(契約当事者という)が一方的に正当な理由なく契約を破棄すれば、損害賠償義務を負うことになるところ、航空券などの販売においては買い主が一方的に正当な理由なく契約を破棄すればキャンセル料という形で損害賠償をすることになる(キャンセル料の支払い義務があるという結論になる)。
 これは、航空券売買の予約だとしても、予約も売買を予約する契約に他ならないので、同様に考えることができる。以下、売買契約であることを前提に説明するが、予約であっても以下の考え方を類推することができる。

 では、売買契約が有効に成立するのは何時かというと、法律の理論上は「契約当事者の意思が合致したとき」に有効に成立すると解釈されている。
 「意思が合致したとき」というのは、売買の売り主が、目的物を「売ります」と言い(この時には心の中でも「売る意思」がなければいけない(民法95条本文参照)、これを法律上「申込」と言う)、これに対し買い主が「買います」と言った(心の中に「買う意思」がなければいけない、法律上「承諾」と言う)ときに「意思が合致した」と言えるので、契約が有効に成立したことになる。逆に、買い主が「買いたい」と申込みをし、売り主が「売りたい」と承諾する場合も考えられる。

 心の中で「買う意思」はなかった場合は、無効な申込み又は承諾なので、理論上「意思の合致があった」とは言えなくなり、売買契約は有効に成立せず、無効になる原則である。これらは、意思を表示する者が心の中の真意と異なっていることを知りながらした場合には当てはまらないが(民法93条本文参照)、今回の件は、買う意思の表示だとは思わなかったというのだから、上記の原則がまず妥当する。
 しかしながら、このような「内心の意思」をあまりに重視すると、契約の相手方に対して不測の損害を与えることも生じかねないことから、民法は一定の例外を設け、「内心の意思」を知らなかった相手方を保護する制度を設けている。具体的には、「内心の意思」の欠けた表示をした者に重大な落ち度(重過失と言う)があった場合には、その者は無効を主張できなくなるというものである(民法95条但書)。

 このような民法上の制度に対し、「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」(以下「電子消費者契約法」という)は、一定の条件で、ネット上の消費者取引については、民法の相手方保護制度(=重過失ある場合の相手方保護規定)を適用しない旨を定めている。
 すなわち、ネット上での契約においては、消費者(事業のために行動している場合を除く)がネット上で契約の申込み又は承諾をする場合、(1)相手方事業者が、(2)消費者の申込み又は承諾に際して、(3)消費者の申込み又は承諾の意思の有無を確認する措置を講じていなければ、(4)当該消費者がそのような確認は不要であるとの意思表明をしていない限り、(5)消費者がネット上で内心の意思なく申込み又は承諾の意思の送信作業を行ってしまった場合には、そのような申込み又は承諾は有効とは認められないというものである。

 本件の場合、相談者が自分の事業のためにネット上で航空券を買おうとしたのでなければ電子消費者契約法上の消費者に該当する。そこで、相談内容をもとに上記(1)から(5)までの該当性を検討すると、(1)事業者は、(2)相談者の「買います(買いたい)」との送信作業に際して、(3)相談者の意思を確認するような仕組みを設けていなかった上、(4)相談者もそのような仕組みを不要とは言っていなかったところ(この点メールからははっきりとはしないが、メール全体の趣旨からすると、おそらく相談者にそのようなつもりはなかったものと思われる)、(5)相談者は、そもそも事業者に対し「買います」との意思を、それが申込みだとしても承諾だとしても、送信する作業をしているつもりはなかった(つまり内心の意思なし)、ということになると思われる。

 したがって、相談者のメールを前提とする限り、事業者が主張する相談者の航空券購入の「申込み」は(事業者は、事業者からのメールが到着した時点で契約成立と主張しているようなので、事業者の主張を前提とすると、相談者の行為を「申込み」と評価していると思われる)、内心の意思を欠く無効なものであって、このようなネット上における内心の意思を欠く申込みには、民法の契約相手方保護制度が電子消費者契約法により上記の条件の下排除されるので、冒頭で申し上げた原則に立ち返って、無効な「申込み」であることになる。
 「申込み」が無効である以上、有効な申込みと有効な承諾の合致を条件とする契約は有効に成立しないことになる。契約が有効に成立していない以上、契約の有効な成立を前提とするキャンセル料という損害賠償義務を相談者が負担することはない。

 解 説

 相談者は問い合わせのつもりでメールを送ったとしても、事業者のサイト上の規約では、それは契約の申込みとなり、その申込みに対し「座席が確保できる」という承諾の通知が相談者に届いた時点で(予約)契約が成立してしまった、という状況である。

 これは「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」の第4条に、隔地間の契約において、民法第526条、及び第527条の発信主義を、電子承諾通知を発する場合は適用しない、という内容の規定により、申込みに対する承諾の意思表示が申込者に届いた時点で契約が成立するという考え方である。
 また、同じく「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」の第3条には、上記説明のあるように、事業者と消費者間の取引においては、消費者の申込み又は承諾の意思の有無を確認する措置を講じていない場合は、民法の相手方保護制度を適用しない旨の規定がある。

 では、この第3条が適用される「電子消費者契約」は、具体的にどのような契約を指すのか、それは第2条1項に以下の定義がある。

 『この法律において「電子消費者契約」とは、消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続きに従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うものをいう』

 『電子計算機の映像面を介して締結される契約』に関しては、『電子計算機』はPCだけではなく携帯電話やキオスク端末なども含まれ、また『映像面を介して締結される契約』では、電子計算機の映像面に表示される内容を相手方に送信して締結される契約一般を指し、ウェブ画面に限らず、メールの交換やキオスク端末等の専用線を介して締結される契約も含まれるとされている。

 そして『当該映像面に表示する手続きに従って』では、事業者等が電子計算機の映像面に表示される手続きに従って消費者が申込み等を行うことにより締結される契約をいう、とされている。つまり、事業者が設定した契約の申込み等に使用するための電子計算機の映像面の表示を利用せずに意思表示を行い、契約が成立したような場合は適用されないとされている。
 つまり、もともとウェブ上で販売していない事業者や申込み方法が別途設定されているような場合に、わざわざメールで必要事項を記入し契約の申込みを行うような取引では、この電子消費者契約法は適用されないと考えられる。

 この相談者のケースでは、ウェブ上での申込フォームとかを利用するのではなく、メールで問い合わせをしている。もし、申込みに関しては、予め事業者側で申込専用フォームが設けられていて、それを無視してメールで申込んだのであれば、電子消費者契約法第3条は適用されないと思われる。
 ただ、この事業者のケースでは、約款等でメールでの申込みを設定している。従って、電子消費者契約法が適用されると考えられる。それが申込みであること、その申込み内容を確認できるようになっていない場合は、相談者に申込みの意思が無ければ、錯誤による契約の無効が主張できると考えられる。