その7: 価格等の誤表記について(1)

 
知って得するネット取引法入門講座

その7: 価格等の誤表記について(1)

 価格の誤表記と契約成立・利用規約の有効性

 ネットショップなどで、価格の誤表記によるショップ側の注文キャンセルについて、今まで様々な事例を取り扱ってきましたが、ここで幾つか事例を出して、少しまとめたいと思います。
 最初は「典型的」なケースを取り上げます。

<事例>

 ネットショップにてデジカメを2,980円で購入したところ、今日になって、「商品価格間違いにつき、キャンセルします」旨のメールが届きました。
 当方が注文してから実に60時間以上経ってのこの対応には到底納得いきませんでしたので、その旨メールにてショップへ返信しておきました。

 この問題がおきてから、色々ネットで検索等してみて、自分なりにポイントと思われる点について書き出してみます。

1、ショップの対応が遅すぎる点
 即日価格間違いのメールを送ってくるのならともかく、既に60時間以上経過した後でメールをよこし、一方的にキャンセルをすると通告する等、不誠実であると思わずにいられません。さらに付け加えるならば、価格間違いといっておきながら、未だ当ネットショップにおいて、お詫び等の告知が一切なされていないのです。

2、錯誤による無効が適用される事例では全くないと思われる点
 当方は転売目的などの意思は全く無く、したがって注文数も1点です。とうぜん掲示板等によって情報を得たわけでもないです。
 また、このデジカメは、現行品(生産中止になってはいない)ではあるものの、去年の8月に発売されたという、型落ちのモデルです。

3、「利用規約」の有効性についての点
 このショップの「利用規約」には、「売買契約の成立」についての記載で、「注文確定メールを送信した時点」と明記されていますが、経済産業省の「電子商取引及び情報財取引に関する準則」によれば、ネットショップの規約が利用者を拘束するかについての点で、取引実行の条件として、利用規約に同意するクリック等がなければ拘束されないとあります。
 つたない法解釈と自負をしてはいますが、当方としては以上の点を鑑みて、売買契約は成立しているものと考えます。

 

 このケースは、一般流通価格で、概ね25,000円から39,000円前後の商品が、注文当時、サイト上で価格が2,980円と表示されていて、相談者がそれを注文したところ、後日ショップ側より、その表示価格が誤表示であることを理由にキャンセル扱いされたということです。予想するに、ショップが桁をひとつ間違えた、ゼロが1つ抜けていたものと考えられます。
 このような誤表記によるトラブルの場合は、併せて契約成立の有無も問題になってきます。つまり、もともと契約が成立していない場合は、商品を引き渡す義務がショップには未だ生じていないとなり、それで結論が出ますが、しかし契約が成立している場合は、その後ショップ側が錯誤による契約の無効が主張できるかどうかを判断する必要が出てきます。

【契約成立について】

 契約の成立時期に関しては、注文者の申し込みに対する承諾の意思表示が、注文者が読み取り可能な状態で受信した時点と考えられています。

 契約成立時期についての詳細は、
「知って得するネット取引法入門講座 その2: 契約成立を巡るトラブル」
 をご参照ください。

 ただ、契約成立時期をショップ側が独自に特約として設定し、それを予め通知しているようであれば、基本的にそちらが有効となります。

 今回のケースでは、ショップサイト上の規約にて、契約成立時期についての特約表示がなされており、以下の記載がありました。

『売買契約の成立について
・ 売買契約は受注手続きの完了後、「受注確定メール」を送信した時点で成立したものとします。また、必要に応じてご注文内容の確認等を行うため、ご注文者に電話もしくは電子メールにて確認をさせていただく場合があります』

 基本的にはこの記載内容が優先され、相談者にショップ側からここにある「受注確定メール」が送信されていない場合は、今回の申込みに対する契約は、もともと不成立と解釈される可能性があります。

 

【規約の有効性について】

 ただ、ここで相談者の主張する、この規約に書かれた内容の有効性、規約の有効性が問題になる場合もあります。

 「電子商取引及び情報財取引に関する準則」には、ウェブサイトの利用規約の有効性について、以下の考え方が書かれています。

・「電子商取引及び情報財取引に関する準則」-1-2 ウェブサイトの利用規約の有効性

(サイト利用規約が契約条件に組み込まれると認められる場合)
ウェブサイトで取引を行う際に必ずサイト利用規約が明瞭に表示され、かつ取引実行の条件としてサイト利用規約への同意クリックが必要とされている場合

(サイト利用規約が契約条件に組み込まれているか否かに疑問が残る場合)
ウェブサイト中の利用者が必ず気が付くであろう場所にサイト利用規約は掲載されている(例えば取引の申込み画面にサイト利用規約へのリンクが目立つ形で張られているなど)が、サイト利用規約への同意クリックまでは要求されていない場合

(サイト利用規約が契約条件に組み込まれないであろう場合)
ウェブサイト内の目立たない場所にサイト利用規約が掲載されているだけで、ウェブサイトの利用につきサイト利用規約への同意クリックも要求されていない場合

 このケースは、サイトのどのページからも、利用規約へのリンクが確認可能になっていましたが、申込みの際、同意クリックまでは求められていませんでした。
 従いまして、このケースの場合は、準則上では、その利用規約が契約条件に組み込まれるか否かに疑問が残る場合となります。
 ただ、だからといって、相談者の主張のように、「利用規約に同意するクリック等がなければ拘束されない」というまでの判断はなされてはいません。

 従って、このケースでは、このショップの規約により、そもそも契約自体が成立していない可能性も出てきます。

【錯誤による契約の無効について】

 このケース、上記の規約の有効性に疑問が残るとして、仮に契約が成立していた場合でも、その後に、事業者側がその表示価格で売るつもりが無かった、という錯誤による契約の無効が主張出来るかどうかが問題になります。

・錯誤無効・・民法 第95条
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

・「電子商取引及び情報財取引に関する準則」-1-3 価格誤表記と表意者の法的責任
(錯誤による契約の無効を主張しうる例)
購入希望者が商品の販売価格の誤表示を認識していた場合

・・・商品販売における販売価格は、通常は販売に関する意思表示の主要な部分であり、価格誤表示は、通常は「要素の錯誤」と考えられる。また、電子商取引において価格誤表示を回避するためには、価格をシステムに入力する際に慎重に行えば足りるわけであり、価格誤表示をした売主に重大な過失がなかったと認められる場合は限定的であろう。

・・・しかし、売主に重過失がある場合にも錯誤無効を主張できる場合がありうる。例えば、購入希望者が、当該商品の表示価格の誤表示を認識していた場合には、売主(表意者)は錯誤無効の主張ができると考えられる。具体的には、大型テレビのように市場価格上下限が比較的明瞭で消費者が大まかな価格相場を把握していると考えられる製品につき通常の相場価格より1桁安い価格を表示した場合や、匿名掲示板で価格誤表示が取り上げられているのを見て注文を行ったことが明らかな場合などでは、購入希望者が価格誤表示を認識していたとして売主が錯誤無効を主張できる可能性が高い。表意者が錯誤につき重過失ある場合に錯誤無効の主張を認めないのは相手方保護のためであるところ、表意者に価格誤表示があることを相手方が知っていた場合には相手方を保護する必要がないからである。

 つまり、まず、基本的にはウェブ上で販売している事業者にとって、最も重要な留意事項の一つである価格の部分でのミスは、民法95条但書の「重大な過失」に該当すると解釈される可能性が非常に高く、その場合、事業者は原則として錯誤無効を主張できません。
 しかし仮に売買契約が成立していたとしても、例えば一桁間違っている、2ch等の掲示板で知ったといった、注文者が予め価格誤表示を認識して注文したと判断された場合には、事業者は錯誤無効を主張することが可能なケースも考えられるとされています。
 その他、特売や限定品であるといった表示が特に無く、通常商品と並列して広告されている場合も該当するとも考えられます。

 ただ、相談者の挙げている問題点1のように、このようなトラブルが発生した場合、そのショップがどこまで誠意のある対応が出来るかといった問題もあります。
 初期対応を誤ると、そのクレーム処理のため、通常業務がたちまち立ち行かなくなる場合もあります。価格等の誤表記によるトラブルは、単なるミスで対応するには難しい部分がたくさんあります。

 引き続き、誤表記に関する事例と解説を取り上げていきます。