第三話: 正義は程遠い

 
相談事例から“今どきの消費者”

第三話: 正義は程遠い

 相 談 内 容

 都内在住。

 2004年の秋に、ヤフーオークションでDVDレコーダーを78,000円で落札した。出品者は個人で、商品引渡しに2ヶ月かかるとの説明だった。しかし期日を過ぎても商品は引き渡されず、出品者に連絡を取ったところ『返金する、決して詐欺ではない』とのことだった。
 しばらくして20,000円が返金された。しかし出品者は、「今はお金が無いので、今後は月々3,000円ずつ返金したい」といって返金計画を出してきた。到底納得できなかったが仕方なく、その後3,000円ずつ2回に分けて返金されたが、それから後は全く返金されなくなってしまった。

 どうも自分の他にも被害者がたくさんいるらしい。出品者にメールを送信しても個別に返答してくることは無く、全ての被害者に一括で同文のメールが届いているようである。メールの内容は、返金したいがお金が無いということ、金策に走っていることなどが書かれている。電話は既に通じない。

 出品者から全額返金させるには、どうしたらよいだろうか。

 処 理 結 果

 この相談者より最初に相談が入ったのは、2005年の11月下旬であった。取引からは既に1年が経過していた。

 そこで、こういった状態の出品者は、こちらがやがて諦めるのを待っていること、詐欺逃れに「返金する」と繰り返しているのであって、このままおとなしく待っていても全額返金される可能性は極めて低いこと、そして、出品者が破産や任意整理、または夜逃げしてしまったら全額返金は、まず無理であることを伝えた。
 その上で、まずは知らされている住所に内容証明郵便を出して、文面には、期日までに返金しないようであれば法的措置を検討する、ということを記載すること、またそれでも返金されない場合は、少額訴訟を起こさないと解決が困難であるということを助言した。

 この方法は必ずしも訴訟による解決を目指すのではなく、出品者は既にたくさんいるであろうと思われる被害者全員に返金を行うことは無理と考えられるので、そうであれば強硬な手段を行う人から先に返金する可能性があること、また、出品者に裁判所からの訴状が届けば、裁判を避けるために、取り下げを条件に残債を返還してくるということを目的としているということを伝えた。

 相談者はすぐに書面を送付した。しかし、相手方からは具体的な返答は無く、ただ相変わらず定期的に送られてくる一斉メールが届くだけとのことであった。

 そこで、相談者は12月に入り、東京の簡易裁判所に少額訴訟を申し立てることになった。その際、相手方の住所が関西地区にあったので、相手方により通常訴訟に持ち込まれた場合は、不利になる可能性もあることを伝えた。
東京簡裁で受理され、1月下旬に開かれることが決定した。請求金額は58,000円である。

 裁判当日、出品者は出廷しなかった。
 従って、判決として請求金額満額を出品者が返還することが決まった。2月上旬に、裁判所より双方に対し、その判決文を書面にて通知することとなった。

 相談者から、今後どうしたらよいか、という問いがあったので、もしこれを以ってしても出品者が返金しない場合は、改めて強制執行をかけなければ強制的にはお金を取れないこと、強制執行には別途手続きと費用がかかるということ、相手方住所の管轄地方裁判所に申し出るということを助言した。(注1)

 2月に入り相談者より連絡があり、裁判所から文書が届き、確かにその書面には、こちらの請求した金額全額を支払うよう書かれていたが、これで出品者が返金してくれるだろうか、という相談があった。払われなければ既に伝えたように強制執行をかけないとならないが、費用や手続き等は具体的にわからないので、一度専門家による法律相談を利用するよう伝えた。

 結局、出品者からは返金がされなかった。
 相談者は3月に入り、関西地区の裁判所に強制執行をかけに行った。そこでも東京簡裁の判決が認められ、相談者が知らされていた出品者の郵便局口座の差し押さえを行った。
 出品者の所有する郵便局口座は2つあり、ひとつは6,000円前後、もうひとつは70,000円前後の残高があることがわかった。

 差し押さえを行おうとしたところ、その郵便局口座には、既に複数の警察署からの申し出による口座凍結措置がなされていた。郵便局は「警察の取り下げがないと凍結が解除できない」という主張だった。
 ひとつが神奈川県内の警察署であることがわかったので、相談者がその警察署に事情を説明したところ、その警察署が郵便局に電話して取り下げを依頼することになった。しかしその警察署の担当者が言うには、自分たちが取り下げても、他の警察署も取り下げないと、自分たちの警察署だけ取り下げを依頼してもあまり意味は無いのではないか、という。
 そして、警察では「最終的に判断するのは郵便局」というコメントをした。振り出しに戻った。

 相談者が法律相談を受けたところ、58,000円は泣き寝入りの金額である、とはっきり言われたとのこと。
また、出品者の勤め先がわかれば給与差し押さえが可能だが、勤め先を調べた上で、その会社の謄本を取り、改めて裁判所に申し出なければならず、また他の金融機関がわかれば、その口座を差し押さえることが出来るかもしれないとのことであったが、その口座の存在を相談者はもちろん知らなかった。

 そして、相談者が、少額訴訟の時の担当書記官に電話をして、この経緯を報告したら、書記官からは、「判決は10年間有効だから・・」という返事があったという。

 結局、強制執行をかけても、差し押さえを行う口座に請求金額満額を補えるだけの残高があるにも関わらず代金の回収がならなかった。
相変わらず出品者からの定期的なお詫びメールが届いている。最近のメールでは大分開き直っており、法的措置でも何でもしてくれ、といった内容になっているとのこと。
後は複数の警察が動いているようなので、詐欺といった刑事事件として扱ってもらうしか他に方法がないかもしれないと伝えた。

(注1):民事執行法では現在、少額訴訟の判決に基づく債権執行(給与とか預金の差押え)は、その少額訴訟の判決をした簡易裁判所でよいことになっている。

 解 説

 この相談内容は、残念ながらネットオークションでは非常に多くありがちな『チャリンカー』(自転車操業)の典型パターンで、一部返金を行ったり、かろうじて連絡が取れる状況下にて、返金を要求する相手に対し「返金する意思はあるがお金が無い、申し訳ない」とただただ繰り返すのである。あくまで債務不履行であり、詐欺として警察に捕まるのを避けるためとも思われている。そして、やがてお金を取られた相手が諦めてしまうのを待っているのである。

 また、こういったケースでは、厳しい条件下の元で提供されているオークション補償制度は利用することが出来ない。どうしても、相手方から直接返金を求めなければならないのである。
 ただ、問題は遠隔地個人間取引であるということと、58,000円という被害金額の低さである。

 このケースでは、相談者が基本的には全て個人で動いた結果のものであるが、もし、この件が弁護士等、法的専門家が着手していれば、こういった結果ではなかったとも思われる。しかしこの被害金額では、たぶん相談したところで、相談者が受けた法律相談のように「泣き寝入り」と言われる可能性が極めて高い。
 この被害金額で何か動こうとするのは、今の世の中の仕組みでは残念ながら限界があるということなのかもしれない。

 この後、可能性としてあるのは、相談者が、今度は支払いに応じない『第三者債務者』である郵便局を相手にして、差し押さえた債権に係る給付を求める訴えを提起することができるということである。ここまでやらなければ代金を取り戻すことは出来ないのか。
 「正義は必ず勝つ」といっても、それまでの道のりはあまりにも遠い。

 相談者も最終的には、今後代金を取り戻せないことはもうわかっている、と認識していた。しかしここまでやってきたのは、この相談者の意地だったのか、それとも、もしかしたらこの相談者に対して、こちらがミスリードを行っていたのではないか。
それにも関わらず、相談者はこちらに感謝の意を表して「これからは気をつけます」という言葉を残していった。相談者の行動には頭が下がるとともに、 こちらの反省点は非常に多い。

 それにしても、この出品者に対しての被害者が複数いることや、郵便局の口座凍結に絡み、やはり複数の警察が関与しているように見えたが、取引から1年半経過しても、未だこの出品者は『普通』に過ごしているのである。やったモン勝ちを目の当たりにするのは、相談業務においても非常に辛い。

(解説:追記)

その後、相談者のところに、そのときの関西地区地方裁判所より電話があった。その電話の内容では「郵便局から口座凍結の取り下げがあり、訴訟を起こしていた相談者を含め2名が、その残高より返金を受けることが出来る」ということであった。
相談者は、言われた方法に従って書類をその管轄の法務局に提出し、裁判所費用8,000円を差し引かれた、ほぼ満額が最終的に相談者に返金された。

郵便局が、どうして今になって口座凍結を取り下げたのかは分からずじまいだったが、取引より2年、相談を受けてから1年が経過し、返金額はほぼ満額とはいえ、たった数万円。それでも相談者が頑張って努力しただけの結果が出たことは大変嬉しく思う。この報告を受けて、何度も「良かったね、本当に良かった、良く頑張りましたね」と繰り返してしまい、人のことながら自分のことより嬉しく感じてしまった。
道のりは遠くても、やっぱり最後に正義は勝つのである。