第四話: 子供のけんか

 
相談事例から“今どきの消費者”

第四話: 子供のけんか

 相 談 内 容

 ヤフーオークションにてインポート物の腕時計を落札し、商品代金16,800円を入金した。その後、商品は届いたが、時計の長針に不具合があった。どのようなものかというと、長針にバリのような、塗料にごみが付着したような状態の商品である。これは発送前に検品すれば気付くものと思われる。

出品者は個人で出品していたが、どうも事業者のようである。
出品者には、とりあえず商品の状況を伝え、送料をこちら持ちで返品した。そこで不良品だから交換してほしい、と伝えると「不良品ではなく個体差だから、他のものと交換してもいいが着払いで送る、返金でもかまわないが商品代金のみ返金する」と言われてしまった。

しかし、オークションには『新品』と謳われており、商品に個体差があるということや、その個体差があるのならどういうものか、といった説明はされていなかった。
出品者は個体差だというが、私はそうだとは思えず、それが個体差だというのなら、その証明を求めたが、出品者個人の意見ばかりで明確な返答は無い。個体差なら個体差でもかまわないが、その個体差の悪いものを押し付けられるつもりもない。

メールを送ると、なんだかんだときちんと対応するようなメールは送ってはくるが、実際は自分の意見ばかりでこちらの意見は無視されている。事業者から『新品』を購入し、お金を払ったのにきちんとしたものが送られないのは詐欺的行為だと思う。

こちらの要求は『商品の交換、そのときの送料はもちろん出品者持ち』か『返金、すべての手数料を含めたもの』この2点いずれかである。

私も人がいいので、こちらからの返送料は負担してもいいと考えているが、出品者は、出品者の落ち度でもあるにもかかわらず、こちらにすべての負担を求めてきており、お金を受け取っているから強気で、こちらの要求は無視し消費者センターに相談しろと言う始末。警察に被害届けを出す、と伝えたが「どうぞどうぞ」なんて回答をする。
本当は面倒だから、返送料は負担してもいいと考えていたが、もう負担する気も消えてしまった。泣き寝入りだけはしたくない。

 処 理 結 果

 オークション取引画面を確認すると、確かに商品は『新品』と書かれていた。ただその商品の状態が具体的にわからなかったので、まずは『一般的に見て、届いた商品が新品とは異なる状態のものであれば、商品交換、それが出来なければ返品返金の主張は可能で、それにかかる費用負担は相手方に求められる』という回答を行った。
その上で、相談の様子をみて、既に双方、感情論に発展している可能性もあることから、『それとは別に早期解決のためには、ある程度の譲歩が必要な場合もあり、その考え方が理解できれば、相談室があっせんを行っても良い』という回答も行った。

 相談者からあっせんの依頼があったので、相談室に今までのやり取りなどの資料を送るよう伝えた。やり取りを見ると、取引後、相談者が相談室に相談が寄せるまでの僅か数日の間に、実に33通にも及ぶメールのやり取りがなされていた。
 その中では、特に相談者から送付されたメールが多く、PCから発信されているものだけではなく携帯電話からのメールも点在していた。

相談者のメールの文面が時々感情的になる部分があったのに対し、相手方である出品者側は、文面を見る限りでは、かなり紳士的な印象を持ったが、それでも相談者の申し出に折れることは無く『返送されたものを確認しても、これは不良品ではなく個体差なので、交換には応じるが返送料は負担しない』の一点張りであった。その上で『自分が消費者だと言うのであれば、消費者センターに相談したらどうか』『警察に被害届けを出すと言うのであれば、警察の問い合わせに協力するつもりはある』という開き直りの内容が見られた。
 また、相談者が腕時計のベルト部分を取り外して出品者に返送していたことがわかり、出品者からは『返金対応であれば、商品代金16,800円からバンド代金の4,170円を差し引いた額』といったやり取りがあった。
 
 そこで、それら内容を確認した後、相談者にあっせんを開始する旨通知したところ、相談者より、『出品者は個人とはいいつつ、同じような商品を繰り返して出品していることから事業者と思われること、そうであれば、自分は過剰な要求をしているのではなく、当然のことを要求しているのであるから、相談室で法律をまみえて出品者に話をして欲しい』という回答があった。
相談者の考えに相違があることが感じられたので、相談室から『相談室は法的な解釈で解決を目指していないこと、あっせんは解決へのお手伝いであり双方の譲歩が時に必要であること、決して相談者の代理人にはなれないこと』を相談者に再通知し、出品者に連絡を取った。
 出品者から返答があったが、基本的には相談者に回答した内容と、ほぼ同じようなものであり『返送料を負担すれば交換する』という姿勢であった。

 そこで出品者に対し『相談者より返送された商品の画像があれば相談室に送って欲しい』と伝えたところ『自分も第三者の意見が必要と思うので、現物を持参するので相談室でも確認して欲しい』という申し出があった。また、『自分は、既に商品の実物を持って消費生活センターに行き確認をしてもらっている、消費生活センターの担当者からは、この程度のものなら問題ない、という回答をもらっている』という回答があった。
 相談室では『消費生活センターは、本来消費者からの相談を受けるところであり、個人間、若しくは販売者側からの相談に対しては、一般的なアドバイスを行うことはあっても、あっせんにより双方の意見を聞いて判断することはしていないと考えられること』『来室を希望するのであれば、相談室で拒むことは無いので、日時を指定するよう』返答した。

 出品者が相談室に来室した。
出品者はカバンから矢継ぎ早に相談者から返送されてきている時計の実物を持ち出し、問題になっている長針部分を指差し、『どう思いますか』と訊いてきた。
 見ると、確かに長針横部分にバリのようなものが付着しているように見えた。しかし顔を近づけて見ないとはっきりわからず、決して遠くから見て目立つようなものではないように感じられた。厳しい品質を保っている国内製品に比べ、当該商品が海外製品であることも勘定に入れると、正直、感じ方には、かなりの個人差が現れる範疇であるように思われた。

 そこで出品者に対し、事業者なのかどうかを訊ねると、『個人的に海外の商品を安く入手できるルートを持っていて、それをオークションで販売している』とのことであった。自らも、全くの個人であるといった認識ではないように見受けられた。
 また、出品者に返送料が具体的にいくらになるのか訊ねたところ、『800円』といった回答があった。

 そうであれば、『確かにこちらで商品を確認し、あなたの【個体差】だという主張はわかった。しかし商品に対する認識に関しては、どうしても個人差が発生することは避けられないこと』また『あなたが販売している当該商品に対し、相談者側ではあなたが思っている以上に思い入れがあるために、小さなバリに対しても許せず完璧な商品を求めたのではないか、その気持ちをわかってあげることは出来ないか』と伝え、出品者に譲歩を求めた。
 そして『返送料が800円であれば、これ以上トラブルを長引かせず、ここは譲って交換し、全て終了させたほうが、あなたも今後、業務に集中できるではないか』といった提案を行った。
 しかし出品者からは『他の購入者と不均等になるので、例外は認められないこと』などを理由に、最後まで、商品交換にかかる返送料は譲れない、との主張であり、前向きな譲歩案を導き出すことが出来なかった。

 出品者が帰宅後、相談者に大体の概要を伝えたところ、相談者から交換を着払いで応じるという申し出があった。しかし、その中では幾つかの条件があり、発送する荷物のサイズや時間帯、利用する宅配会社の指定等々、予め出品者が返送条件として記載していた『返送料は相談者もち』以外の条件を、全て否定するような内容であった。
 そして、相談室には別途、弁護士に相談したいので弁護士を紹介するよう依頼があった。また今後訴訟も視野に入れているとの報告があった。

 出品者は、交換については了解したが、予め返送時の条件としていた、宅配会社や指定のサイズで商品送付をするという条件は変更しないと主張した。また出品者は相談室に対し、このまま交換に応じてよいものかわからない、という問いかけをしてきた。
 そして、相談室では相談者に対し、相談室として特定の弁護士は紹介していない、今後この件で訴訟を起こすメリットはないのではないか、と返答した。

 しかし相談者からは、今後は訴訟をする、知り合いの弁護士に頼む、という回答であった。相談室ではどうしても訴訟を行うのであれば、相談室のあっせんはこれ以上継続できないと伝え、相談を終 了とした。

 解 説

 このトラブルの焦点は『800円の送料』をどちらが負担するか、のみである。

 肝心の商品、針のバリの状態に関しては、見る人の主観により完全に意見が分かれるものであったことから、第三者的に見れば、代金の救済よりも、単に「向こうの言いなりにはなりたくない」といった、感情むき出しのけんかにしか見えない。だが、残念ながらネット取引では、こういった半分けんかのトラブルは非常に多い。
 どうしてこの件を『けんか』と断言するのか、それは双方とも、再三、相談室とのやり取りのなかで『本当は返送料ぐらい譲ってもいいんだけど、それで向こうにいい思いをさせることは許せない』と言っていたところである。

 出品者は、わざわざ返送されてきた実物を見せに相談室に来室し、その前にも消費生活センターを訪ねている。その交通費だけでも、既に800円を優に超える。
これは、交通費をかけてまで相談機関に現物を持ち込み、自分の考えを認めてもらいたい、といった感情の表れと見ている。

 出品者は限りなく個人に近かったが一応事業者と考えられた点より、相談室では出品者に対し、相談者と立場を同じくしないで、商品を扱うプロの事業者としての対応を期待していた。その部分を相談室としてもかなり伝えたはずなのだが、最後まで出品者にプロ意識を持ってもらうことは出来なかった。いや、出品者としては「他の客と別扱いするのはプロではない」という意識を持っていたのかもしれないが、それはその考えが、単に自分の感情を体良く隠すのにうってつけなだけだったのではないかと考える。

 しかし、相談者側に全く問題がなかったかといえば、決してそうではない。出品者を挑発する言動がかなりあったのも事実である。
「普通の事業者であれば、不良品は当然、費用向こう持ちで交換しますよ」、と再三にわたり主張していた。それは間違ってはいない。しかしクレームを受ける側も機械ではなく人間が受けるのである。感情に任せ、言いたいことは何でも言って良いと言う考えは、社会生活を営むものとしてどうかと思う。
そして何より、例えトラブルの相手方が事業者の場合でも、発生したトラブルに対処する能力は、大手企業と個人では全く異なるということを、もう少し消費者側にも認識して欲しい。