第六話: 理解の限界を超えて(後編)

 
相談事例から“今どきの消費者”

第六話: 理解の限界を超えて(後編)

 相 談 内 容

 いつも利用しているオンラインゲームのサービスを突然停止させられた。こちらは何もしてない。オンラインゲームの管理側からは、不正プログラム使用だと言われ、強制的にサービス停止をするとのことである。

全く身に覚えが無いので、後から管理側にいろいろ無罪を立証するメールを送っているが、まったく聞く耳を持ってくれない。
アカウントの復帰と謝罪を希望している。

 処 理 概 要

(処理概要 続き)

 事業者は資料を持参して来室した。
その資料には、父親の名義で登録されている【B】【C】【D】と事業者がやり取りした内容が記載されていた。相談室では【A】とのやり取りしか確認していなかったので、そのやり取りは初めて見るものであった。その内容は以下の経緯をたどっていた。

・アカウント停止について問い合わせがあり、不正ツール使用と判断したための措置であると回答した。
・「学校の寮」で使用していること、IDを共有し他のユーザに使用させていること、『自動回復ツール』を使用していたことが知らされる。
・急に「弟」が使用していて「各人が部屋」でゲームをしていた、「弟」も不正ツールは使用していない、と知らされる。ID共有は家族であっても違反でアカウント停止措置対象と回答した。
・この時点で『羽』を利用した不正ツールに関する内容を知らされ、『羽』については何も触れずに改めてアカウント停止措置について回答した。
・「出張」のため事業者への返答が遅れたということで、再再度問い合わせがあるが、その後の回答はアカウント停止措置について説明するのみ。

 ちなみに『自動回復ツール』についても、当該ゲーム上では使用禁止とのことである。

 ここまでの経緯を話した上で、事業者は、今回問題となっている4つのゲーム用IDについて、予想外の説明を始めた。

・【A】は、まったく別の第三者のユーザID[Z]で登録されているゲーム用IDである。
・【B】【C】【D】については、確かに父親のユーザID[X]で登録されており、アカウント停止措置を行っているが、それは【A】のアカウント停止措置とはまったく別の理由によるものである。
・【A】は確かに『羽』を使用した不正ワープ型のツールを使用したとしてアカウント停止措置をしている。しかし、本来【A】とは関係ない【B】【C】【D】でのやり取りの中でも、どうして『羽』『自動回復ツール』についての話が出てくるのか分からない。
・不正ツールを使用したときのIPアドレスが他と一致している。

 相談室では、事業者からこの説明を受けて、初めて当初の事業者の回答にあった、“『羽』を利用した、いわゆる不正行為と判断を下したからアカウント永久停止の処分を下した」といった内容の返答はしていない”というくだりを理解した。
父親の所有するユーザID及びゲーム用IDのアカウント停止措置に関しては、『羽』のバグは一切関係なかったということである。

 事業者は「相談者がどうして第三者所有の【A】を持っているのか分からない」という。
 【A】と【B】【C】【D】は、別のユーザ所有ということが分かったので、後から考えると、これら4つのゲーム用IDがほとんど同一のID名であるのも確かに不思議であった。

 そこで相談室では、これら内容を相談者の父親に伝え、【A】をどうして持ち得ているのかについて訊ねてみることにした。しかしどうしたことか、その後相談者及び父親とは連絡が取れなくなってしまった。
 事業者に対し、連絡が取れなくなったことを伝え、相談を終了とした。

 解 説

 オンラインゲームになじみのない方には、この内容を1〜2回読んだだけで全て理解することはかなり困難かもしれないが、難解な内容については、今回ご容赦いただきたいと思う。一言で言えば「誰がどのIDを使用していたのかが二転三転し、最後まで相談室も事業者も全く把握できない状況であった」ということなのかもしれない。

 さて、オンラインゲームの相談というのは非常に悩ましいものであり、まず壁になるのは、そのおびただしい専門用語と、バーチャル独特の世界観に対する理解が必要になることである。

事例の中でも、あえて一部そのままの用語を引用したが、実際はこの相談においても、この数倍の専門用語が登場する。またゲーム上で登場するアイテム名と、その役割や価値、不正プログラムの具体的名称と、その効果(?)についても認識する必要が出てくる。もちろん事例に登場する『羽』『自動復活ツール』についても全て具体的名称がある。
これらは、いちいち途中で相談者や事業者に聞いていては話が進まないので、ほとんどは自ら調べることになる。

 また、特にMMORPG(Massively Multiplayer Online Role Playing Game:サーバを介して大人数で行うオンラインゲーム)は、ユーザ同士のコミュニケーションを重視するため、ひとたびゲームにはまると、ユーザはそのバーチャルな世界にのめり込む傾向にあることである。オンラインゲームの相談で、相談者がゲームユーザとしてごく初心者であった事例はほとんど無い。多かれ少なかれ、ディープなゲームユーザである。
 1日に何時間もゲームにつかり、所有するキャラクターをせっせと手塩にかけて育成し、他のキャラクターと徒党を組んで戦い、時には他国のユーザと英語でコミュニケーションをとるなど、それが楽しい日課になっているゲームユーザばかりである。

 従って、ゲームの運営事業者よりBANを受けたという相談を、「たかがゲームが出来なくなったぐらいで・・」なんて考えで受けてしまっては相談者の苦痛は微塵も分からない。相談者は「廃人寸前」な状態なのである。
 従って、相談室では、そういった一方的なBANを受けたという相談に対して、各ゲーム運営事業者とあっせんに入るとき、いつも必ず『事情は分かるが、ゲームを毎日楽しみにしているユーザがBANされたときの苦痛がどれだけのものか、どれだけ復帰に必死になっているか相談室にはひしひしと伝わってくる、そういった心情を分かって欲しい』と伝えている。その問いかけには、どのゲーム運営事業者も真摯な姿勢を見せる。しかし相変わらずBANの相談は減らない。

 この事例も、いつものように、そういった「事業者より不当なBANを受けた」という相談と思われた。しかし、いつものBANの相談と異なっていたのは、通常のBANであれば、不正プログラム等の使用による『冤罪』が問題となるが、このケースでは不正プログラムの使用疑惑に加え、相談室でも予想していなかったID所有者とID利用者が、次々と登場してくるところであった。そしてこれらは事業者側でも把握しきれていなかった、という部分もある。
 この点、専門用語やバーチャルの世界観をいくら理解しても、その理解を超えた、こちらでは見えない相談者の闇の部分が解明されないと、このトラブルの原因は誰にも分からないのではないかと思う。

 ところで、この相談者、実は17歳である。
 最終的に都合の悪いことを相談室から突っ込まれると連絡が途絶えたところは未成年らしいのだが、17歳の時から、こんなインターネットの匿名性を利用した闇の部分を、あまり持たなくても良いと思う。