第五十五話: ある常連クレーマー

 
相談事例から“今どきの消費者”

第五十五話: ある常連クレーマー

 相 談 概 要

 サイトトップページ上部ヘッダーに「24型液晶モニタ大特価」というバナーテキストがあり、丁度買おうと思っていた機種なのでクリックした。該当機種の広告ページになり、そこには26,560円の記載があったため、この価格は市場価格(およそ47000円)よりも安く、すぐに注文した。

 注文が完了し、すぐに注文確認メールが届いた。そのメールには銀行口座とともに、代金振込み指示があったのでネットバンキング経由ですぐに振り込んだ。
 その後夕方になって、「価格間違いによるキャンセル」メールが一方的に届いた。本来の価格は47560円なので26560円は間違い、だからキャンセルしたとのメールである。こちらの同意なく一方的にキャンセルされたのは納得いかないので、折り返し説明を求めるメールを送ったが、定型メールが来るだけで説明はない。

 さらに説明を求めるメールを送ったが返信はなく、現在まで音沙汰なし。利用規約には、注文確認メールが来た時点で売買契約は成立とあり、また、店側の重大な過失があった場合は契約を破棄することは出来ない、とあるので、この価格間違いは重大な過失なので契約を履行してもらいたいと思っている。
 店側からのメールでは価格の錯誤を主張しているが、今回程度の価格では錯誤にも当たらないとも思っている。

 消費者センターにも相談し店側と交渉してもらったが、どうせ裁判なんかしないだろうという強気な姿勢で一切譲らなかったそうである。
 こちらの要望としては、そのままの価格での契約履行、それが無理な場合は価格を譲歩して双方の折り合いが付く価格での販売(36000円程度)である。

 処 理 結 果

 今回の事業者の契約成立時期については、サイトの規約ページ上に

『弊社による注文受付確認メールの到達をもって、お客様及び弊社間において商品の売買に関する契約が有効に成立するものとします』

 との記載があり、更に同ページ上には、

『弊社の意思表示に表示上の錯誤、内容の錯誤又は動機の錯誤がある場合、お客様と弊社間の売買契約は無効となります。但し、弊社側に重大な過失がある場合には、弊社は、当該売買契約の無効を主張することはできないものとします』

 という記載があった。

※契約成立時期、及び価格の誤表記についての事業者側からの錯誤無効の主張についての考え方は、
「知って得するネット取引法入門講座 その2: 契約成立を巡るトラブル」
「知って得するネット取引法入門講座 その7: 価格等の誤表記について(1)」
を参照して欲しい。

 今回のケースで、先ず契約成立については、注文後、相談者のところには「注文確認メール」が届いているとのことだったため、その状況より既に売買契約は成立している可能性があると伝えた。

 そこで、契約が成立している場合、今度は表記ミスとして事業者側が錯誤による契約の無効を主張できるかどうかが問題になるが、今回の件では、一般流通価格が約48,000円前後の商品であり、その点、26,560円の表記価格は、例えば『一桁違う』といった明らかな表記ミスと異なり、注文時、予め注文者が、その表示価格が誤表記であると認識して注文していたと第三者的に判断するのがなかなか難しいように思われた。

 そうであれば、相談者の主張通り、事業者側が錯誤による無効を主張することが出来ず、当初の売買契約の通り商品を引き渡すよう、事業者側に主張することが可能と考えることも出来るかもしれないと伝えた。
 しかし現実問題として、現在、表示価格での商品引渡しを拒否している事業者に対し、強制的に商品を引き渡させることも、また困難かと思われ、一連の事業者側の対応が決して適しているとは言い切れないが、支払済みの代金が返還されれば、それ以上の損害が相談者に特に発生していないことを考えると、正直、事業者が主張する訴訟による解決手段の選択に合理性が見出せないような気がすると伝えた。

 先ずはお互い譲歩できる妥協点を探して前向きな話し合いを持てるように心掛けてみて、それでも事業者側の対応に変化が無いようであれば、そのような事業者とはそれ以上関わらず、早々に振り込んだ代金を返還してもらい終了としたほうが良いのではないかと伝えた。

 解 説

 相談内容は、価格誤表記に関する一般的なものであるが、この案件を、なぜこのコーナーで紹介しているのかというと、この相談者は、価格誤表記に関する相談の『常連』なのである。
 個人的に覚えている限りでも、この相談者は5回以上の相談を繰り返し寄せてきており、その相談内容の全てが価格誤表記である。実は価格誤表記の案件においては、過去にも、同じ人から相談を受けるといったケースが幾つかあったのだが、5回以上寄せてくるのは、この相談者だけである。

 この相談者の手口はいつも同じであり、先ず、決済にクレジットカードは一切使わず、銀行振込みのみである。このケースではメールが届いてから指定口座に入金を行っているが、サイト上に予め口座が表示されていれば、ショップから確認メール等が届く前に、先に強引に入金してしまう。その後、ショップが価格誤表記により注文をキャンセルとし、先払いした注文者に返金先の口座を教えるよう連絡しても、この相談者は頑として返金先の口座を教えないのである。

 このため、価格誤表記において、過去にこのようなケースの対応に苦慮するショップもあった。
注文時、注文者の住所氏名は知られているので、先ず、業の煮やしたショップ側が現金書留にて返金するケースがあった。ただ、この場合受取拒否することがあったため、最終的には供託を検討する必要のあるケースがあった。
 さらに、返金口座を知らせない注文者に対し、その注文者の住所にショップ担当者が直接出向いて返金したケース。このケースの時にも、この相談者が含まれていたことがあったが、その時、価格誤表記が無いかどうか常にチェックしている人たちがいること、自分もその一人であること、過去にもいろいろな相談機関に相談したり、価格誤表記に対する解釈は知っていることなどを担当者に説明したらしい。

 そして、この相談者は、過去についてはおくびにも出さず、いつもはじめてのような口調で相談を寄せてくるのである。ただ、決してこちら相談機関に対しゴネることは無いのが救いである。
 価格誤表記を起こしているショップについては、それを知るキッカケの1つに、2ちゃんねる等の掲示板が上げられるが、その他、常日頃からそのような価格誤表記をすばやく見つけては注文を繰り返すような常連がたくさん存在している。

 このケースも、相談者は事前に消費生活センターに相談しているが、本当は何もかも知っているはずなのに、そういった情報は一切出さずに、このような相談機関を“利用”しているである。逆に、残念ながら当該相談者にこのような過去があることを把握しているこちらにおいては、これ以上の回答は出来ないのである。
 何から何まで全て分かった上で、今でも価格誤表記のショップを見つけてはそのような注文を繰り返し、相談機関を“利用”するこの相談者は、既に純粋な取引が目的では無いという点で、ある意味のクレーマーに分類されるのだろう。